黎明。
底冷えするほど凍える外の世界を他所に、暖炉の炎がゆらゆらと照らす一室に彼女の姿はあった。
毛足の長い獣毛の絨毯が横たわるその上に置かれた白い脚。
大きな窓に身体を預け、彼女はオレンジ色の炎を頼りに魔法書に目を通す。
オレンジ色の炎が浮き上がらせる、彼女の風貌はこうだ。
驚くほど白く薄い肌と、華奢な四肢。
肩口で切りそろえられた漆黒を絵に描いたような髪と、目の覚めるような紅い瞳。
伏せられた目にかかる長い睫毛が、彼女の表情に憂いを持たせる。
音をたてて、風が吹きぬけた。
ガタガタと窓を揺らし、木々をざわつかせ、通り過ぎる風。
そして、室内に浮き上がる影。
「・・・・・。」
彼女は浮き上がる影に視線を移す。
億劫そうなその態度に、笑いを零すのは影のほうだ。
チリンと、鈴が高くなる。
浮き上がった影はじょじょに形をなし、彼女の傍へ歩み寄る。
白い肌と、それと同等に色素の薄い星屑色の髪を揺らし、黒い耳をピンと立たせた
「外はとても騒がしいよ。・・・・まあ、僕には関係のないことだね、マイロード。」
それは彼女の使い魔。
「・・・・”私たち”に関係のないこと。・・・そうでしょう?ジノ。」
薄い唇を開いた彼女は、視線を魔法書へと戻す。
もう、そこには何の興味も残されてはいない。
そんな彼女を見詰めていた黒猫―ジノも、フと視線を離すとその足は彼女のベッドへと向かう。
何の躊躇もなく投げられたジノの身体を柔らかな羽毛が受け止めた。
そしてそのまま、彼は深紅の瞳を閉じる。
「外では、また争いが起こっているよ。」
背を丸め、眠りにつくのかと思えた彼から零れる言葉。
彼女は、それに気づきながらも視線は魔法書へ落としたままで。
「人と人というのはどうやら憎みあっていなければ生きていけない性分らしい。」
彼はクツクツと喉をならす。
笑っているのだ。
否
「なんと、愚かしいことか。」
嗤って、いるのだ。
そんな彼の目の前に、小さなテーブルとティーセットがあらわれる。
ベッドサイドに現れたソレに、彼は視線を向け、そして微笑んだ。
視線は、窓際の彼女へ。
「・・・・外は冷えたでしょう。ご褒美に、暖かいお茶を。」
「使い魔に礼などいらないのだけど・・・・貴女の紅茶はとても美味だから。」
ありがとう。
と彼は小さく口にすると高級を絵に描いたティーポットを何の遠慮もなく掴みあげると
同じく高級を絵に描いただろうティーカップへ並々と茶を注ぎ込んだ。
そしてそれを口にして、彼は自らの指をパチンと鳴らすとそこにはクッキーの詰められた籠が現れる。
クッキーを手に取り、そのままもぐもぐと租借運動を始める彼に向かって
「人とはとても弱いものよ。己の立場を守るためなら、いくらでも敵を創り上げることが出来る。」
自嘲気味な笑み。
それを浮かべる彼女は、ぱたりと魔法書を閉じるとイスから立ち上がる。
そしてそのまま、ベッドへと歩み寄った。
「・・・だから貴女は【人】であることをやめたのかい?」
ギシ、とベッドのスプリングが軋む。
黒猫はティーポットを持ち上げると、空中に浮いたカップの中にまたもなみなみと茶をそそいだ。
そしてカップを手にとって、わざとらしく彼女の返答を待つ。
「・・・さあ。どうだったかしら。」
彼女の曖昧な返答に、彼も曖昧に微笑む。
瞳は笑っていなくとも、彼は確かに笑っていたのだ。
「・・・・」
「・・・・何かな。」
猫がピンと耳をたてるのと、魔女が窓を見詰めるのは同時だ。
そして、彼女は猫の問いに答えなかった。
そして猫は、そんな彼女の背がとても小さく見えて小さく目を開く。
しかし、決して態度に表すこともない。
「・・・・もう休むことにするわ。」
魔女はその一言で、部屋の全ての灯を緩めて闇へ向かう。
いつもならそこで、己も闇へ戻るところなのだが、何故か少し気にかかると黒猫はその後に続く。
案の定、彼女は拒まない。
「オマエが生まれたわけをおしえて?」
もぞり、とベッドに入る魔女の上に暖かな毛布をかけて。
眠る彼女の傍に腰かけた黒猫の耳に、静かな声音で問うてくる
「・・・・僕が生まれたわけ?それを、」
彼女は、迫り来る荒波を
「貴女がきくのかい?まいろーど。」
恐れているのだ
くすり、と彼女が微笑む。
それだけで、先ほどまで知らず知らず張り詰めていた何かしらの空気が和らぐ。
黒猫は改めててヒトの形を成している自分の影を見詰めながら
紡ぐように、己の過去の話を詠う。
「・・・・・。」
過去の話の後半で、彼女が眠りについたことに気付く。
そして何故か、彼女の瞳から零れる雫にも、彼は気がついてしまうのだ。
その、ぬるい雫を指で拭う。
「・・・・・永遠など、幻想でしかないのだよ、我が君。」
リンと鈴がなる。
屈みこんだ彼が、眠りに落ちた彼女の額に口付けようとする、瞬間。
ピタリ、と彼の動きは不自然なまでに止まり、そして。
「嗚呼・・・」
そのままさっと、彼女から離れる。
己の影を照らすはずの暖炉の火が、尽きようとしていた。
黒猫は己の目元を覆い、口はしを歪ませる。
「愚かしいのは、ぼくだ」
その言葉と共に、彼はゆらりと影に飲み込まれていく。
暖炉に薪と火をくべるのを忘れずに。
次に彼が現れたのは洋館の屋根の上。
風見鶏のすぐ傍で、彼は口元が隠れるほどの襟の高いコートを羽織る。
ばさばさと明け方の冷たい風が裾をさらい、彼の髪を靡かせた。
そして彼の深紅の瞳は、空を裂いて現れる魔物へと向けられる。
「さあ、」
彼は己と彼女を繋ぐ唯一の証に爪をたて
「ぱーてぃーの時間だよ?」
荒れ狂う魔物に向かって、その牙をむく
ぼくの生きる理由はひとつだけだよ、まいろーど
だから、どうか
きみもそのひとつだけを、譲り渡すなんてことはしないで
お願い、まいろーど
愛しい、我が君